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千の脚を持つ男

この本の表扉には、"自然のバランスが崩れて興じが起こるとき、その全長として現われるのがモンスターである"と書かれている。モンスターの定義は、まるでウルトラQのような、いやもともとはウルトラQの下敷きがこの手のモンスター小説だ、とあとがきにある訳者の解説されている。 この本は、そんなモンスター小説の古典的名作秀作ともいえる作品10編をあつめたオムニバス形式の内容に仕上がっている。文庫サイズで手に取りやすくオムニバス形式なので、枕元に積んで寝る前にちょこっとずつページをめくっていたので、読み終わるまでに二ヶ月もかかってしまった。 で、正直に言って、読み応えはどうかと訊かれると「う〜ん」という感じになってしまう。このモンスター小説の書かれた時代から半世紀たった、CGなどのテクノロジーによって洗練されたハリウッド映画だったり日本の成熟したマンガの数々で育ってきた僕の世代では、ガツンとした読み応えがあまり感じられなかった。むしろこのモンスター小説に出てくる一個一個のアイデアが今の小説や映画やマンガなどの原型だということがわかってアイデアの遍歴を振り返るようでおもしろかった。これは、まるであたら悪しいOSが発売されて、一世代前のOSをひさしぶりに起動してかつて使っていたアプリを動かしてみて「前のヴァージョンはこんな感じだったのか」と懐かしむ感じでした。 昨今の新訳ブームのさなかに、SFモンスター小説の古典作品を新訳で揃えておいて新しく関心を持った層に手にとって貰いやすいという意味ではグッジョブではないでしょうか。

族長の秋

とても印象的なコピーだなと思う「百年の孤独」というタイトルとともに、ガブリエル・ガルシア=マルケスという名前は見聞きしていたですが、彼の作品はどれもまだ読んだことがなかった。で、はじめて手にする彼の作品として選んだこの「族長の秋、他6篇」を、なんの予備知識なく最初のページから読んでみたわけです。 彼の作品はストーリーに浸るというよりも、そこから想起されるヴィジュアルを眺めているような、しかも内容が現実的なものと驚異的なものが入り交じる感じで、どこかの写真展をブラブラと鑑賞して立ち止まってしまうような読み応えがある。 で、この本に収められている「大きな翼のある、ひどく年取った男」「軌跡の行商人、善人のブラカマン」「幽霊船の最後の航海」「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」「この世でいちばん美しい水死人」「愛の彼方の変わることなき死」とある6つの短編と、「族長の秋」という長編ではかなり文章の構造が違う。彼は作品ごとに文体が違うというか、作品に合った文体を選んでいるみたい。 で、もっとも印象的だった作品は、やはりタイトルにもなっている「族長の秋」という長編。"それは牛で一杯の宮殿にたった一人取り残された非常に年取った、考えられないくらい年取った独裁者のイメージ"という設定からしてぶっ飛んでいて、だけどイメージがはっきり見えておもしろい。おおざっぱな章立てはあるものの、それらの導入がすべて大統領の死の描写から始まり、しかもクロノジカルな時間の進み方ではなくて螺旋的にあっちにこっちに回帰するので、読んでいる最中に一度中座してしまうと、まるで大統領府の中を彷徨って自分が一体どこにいるのかわからなくなるような読んでいて迷子になりかけるような、とても不思議な感じの物語でした。 というわけで、なんだかひさしぶりに読み終えるのに偉く時間がかかってしまった。ガブリエル・ガルシア=マルケスをはじめて手にする時には、この「族長の秋」より「百年の孤独」などの他の作品の方がいいのかもしれない。でも、たっぷり時間のある時にストーリーを追うのではなくストーリーの中をぼ〜としたい時には、それこそオススメする作品でしょうか。

星新一 一〇〇一話をつくった人

星新一といえばショートショートだが、自身の父や祖父について書いた「人民は弱し 官吏は強し」や「明治・父・アメリカ」あるいは「祖父・小金井良精の記」を通して、明治から大正そして昭和にかけての時代風景を興味深く読み眺めたことが印象に残っている。 星新一の特徴ある、淡々と優しくそれでいて醒めている文章に潜むその創作の謎を、著者が星新一が遺したモノを整理したり、小松左京や筒井義隆らをはじめ、鶴見俊輔やタモリ(とも交友があったのね、知らなかった)など関係者への取材によって解きほぐしている。 それは父親である星一の急死にともない20代の若さで星製薬の社長として、まるでバブルの宴の後ともいえる魑魅魍魎の中に放り込まれ苦労して、まわりの誰をも信じられなくなっていた時期があり、なかば現実逃避の先にたまたまSFがあったからとの推察している。 また、ショートショートという新しい文学のジャンルを開拓しようとした小説家としての苦悩や文壇における評価の低さに愚痴る所や、手塚治虫のように星新一も自分の作品に後から手を入れていたことなど、(僕が知らなかっただけに)興味深いエピソードが盛り込まれている。 で、ショートショートというジャンルが確立していく過程を読んでいて、ちょうど高度経済成長期の日本の時代背景とショートショートの雰囲気がマッチしていたんだなということがわかっておもしろい。 星新一のショートショートは10代の頃読んだはずなのにすっかり忘れていたので、これを機に本書に取りあげられている「鍵」を改めて手にとってみた。なんだか今でも古くさくない感じが、今のショートフィルムのような短編やYouTube的な視聴スタイルに似合っているからなのかな、と。