「雑司ヶ谷R.I.P. 」樋口 毅宏
「アンコールは?ま、続きがあるのでこの辺にしておきましょう。本題に戻ります。ただいま私の見事な美声で熱唱したのはみなさんご存じ「強い気持ち 強い愛」ですが、いま一度ラストの五行を読み上げましょう。”長い階段をのぼり生きる日々が続く/大きく深い川、君と僕は渡る/涙がこぼれては、ずっと頬 を伝う/冷たく強い風、君と僕は笑う/今のこの気持ちほんとだよね”。それでは再び小沢健二とは何か、小沢とは生と実存の肯定です。」 観客は静まりかえった。気まぐれ半分でここまで来た話だったが、奴の考察がどこに着地するのか見届けてやろうと思った。 「繰り返します。小沢とは生と実存の肯定であります。なお小沢より早く、そしてもっとシンプルに彼と同じ精神性を言語かしたアーティストが存在します。誰だと思いますか?」 観客は無言のうちに興味を掻き立てられる。惹きつけるのが巧みだ。こいつは宗教家に向いている。 「正解は、赤塚不二夫です。”西から昇ったおひさまが東へ沈む これでいいのだ”。そう、”これでいいのだ”です。2008年8月7日、タモリが自 らを芸能界へと導いてくれた赤塚不二夫の葬儀で、白紙の弔辞を読み上げる映像を記憶している方も多いでしょう。タモリは遺影に向かって語りかけました。 『あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やか にな り、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち”これ でいいのだ”と』」 タモリ?こいつ、前もそんなこと言ってなかったっけ。 「ちなみにオザケンが二度目の『いいとも』出演時にギターを持って弾き語りをしたとき、タモリさんはこうおっしゃいました。”小沢君の音楽は横で聴 いてて恥ずかしくないね。“以上です。長い時間私の演説にお付き合い頂きまして、ありがとうございました。質問がありましたら受け付けます。」 いっつもオザケンについて考えているほどヒマなんですかと訊いてやろうかと思ったがやめた。